シリーズ移住定住 その1 岩手県久慈市

Bird’s- eye view  
シリーズ移住定住
若者とシニアが集まるまちへ 

 人口減少をくいとめたいと、多くの地方都市では住宅紹介や優遇策、地域の観光資源などを前面に打ち出した移住定住の促進を加速させている。本特集は「シリーズ移住定住」と題し、今回【その1】ではなぜ移住定住促進が必要なのかを久慈市の例を通して詳述する。また「高齢者」と「若者」両方の移住定住策に着目し、【その2】【その3】でそれぞれが推進されているケースをレポートしていく予定。

シリーズ移住定住【その1】   2017.1.12
 Kターンを旗印にイメージ 1
   ふるさと回帰進める

           ― 岩手県久慈市

Kターンってなに?

「久慈は英語表記でKUJI。UターンのU、JターンのJ、IターンのI。移住定住の大切な要素を市名にもつ久慈市はとても縁起がいいと思いませんか?久慈市ではUJIを総称して『Kターン』と名づけ、Kターンをキャッチフレーズに移住定住促進策を展開しています」と言うのは、久慈市地域づくり振興課の佐々木海里(ささき みさと)さん=写真上。2016年4月から移住定住担当についた。
 Uターンとは、久慈生まれの都会に住んでいた人が再び久慈に戻ってきて暮らすこと。Jターンは、たとえば隣接する洋野町出身者(久慈市以外の出身者)で東京などに出ていた人が久慈に移住してくること、Iターンは東京など都会の出身者がダイレクトに久慈に移住してくることを指す。
 いま久慈市が移住定住促進のためにとっている取組みは、大きく分類して以下の4つの分野のサポートだ。
 1つめは「住居」の分野(空き家バンク、移住定住促進事業費補助金など)、2つめは「農業」の分野(新規就農者育成確保対策事業、農の雇用事業)、3つめは「子育て」の分野(第3子以降の保育料無料など)、4つめは「起業」の分野(中心市街地出店補助金、空き店舗対策チャレンジショップ事業など)。
 ほかにも、イメージ 2自然環境のすばらしさや観光面など市のあらゆる魅力をPRすることで久慈に目をむけ      てもらう機会をつくりだそうと努力を重ねている。
 「久慈市が移住定住促進に取り組むのは人口減少と高齢化が進んでいるから」と言う佐々木さんだが、その状況はどのようになっているのだろうか?

久慈駅前のようす




イメージ 3
10人のうち3人が高齢者
~ 超高齢社会の久慈市

 現在の久慈市の総人口は3万5,642人(平成27年国勢調査)。久慈市の人口がもっとも多かったのは1960年で4万5,025人だった右写真は久慈市の市街地
 11年前の2006年には旧山形村久慈市と合併し久慈市山形町となり、その時点から山形町の人口が久慈市の人口に合算された。合併したのだから久慈市の人口は統計上ふえて当然と思われるのだけれども、合算されている2016年の数字は、合算されていない1960年とくらべて約1万人も減っている。
 2016年の世代ごとの人口を見ると①0歳から14歳までの年少人口は4,505人で、これは総人口の12.6%にあたる。同様に②生産年齢人口(15~64歳)は2万544人で57.6%、③65歳以上の高齢者人口は1万527人で高齢化率は29.5%。
 つまり、久慈に住んでいる10人のうちの3人が高齢者であり、久慈市は「超高齢社会」のまちになっている。超高齢社会とは高齢化率が21%以上の社会のことだ。
 ちなみに、一般的によく口にする「高齢化社会」とは高齢化率が14%以下の社会のこと、「化」の文字がつかない「高齢社会」は高齢化率21%未満の社会のこと。
 「久慈市人口ビジョン」(2015年10月発表)は「10代後半から20代前半の若年層が、盛岡や東京圏などに流出したあとUターンなどで久慈市に戻ってきていないこと、また出生率が人口規模を維持するために必要な水準に達していないことが人口減イメージ 18少の原因」と分析している。
「若者が流出し親は久慈で暮らす」ことが続いた結果、高齢化率がどんどん上がっていったのだ。
 左のグラフは久慈市の人口と高齢化率(65歳以上)の推移を示したもの(平成17年以前の人口は旧久慈市、旧山形村の合算値)だが、人口が減り続ける一方で高齢化が急速に進んでいることが見て取れる。
 市民どうしが何気なく交わす「俺の息子は高校を卒業して久慈を出て行った。息子は都会で就職し結婚して孫が生まれた。息子家族はもう都会の人だよ」という言葉が、超高齢社会へと進んできた理由をよく言い表している。
 そもそも、人口減少また高齢化が進むと何がどう困るのか?




すぐそこにある危機

 先の久慈市人口ビジョンは「地域経済が衰退する」と指摘してイメージ 4いる。
 人口減少は働く世代の減少も意味しているのだから、地域経済を支える労働力が不足することになるわけだ。また、地域ビジネスを支える購買人口も縮小する。
「医療、福祉・介護への影響」もある。
 久慈市の65歳以上の老年人口は2025年まで増加することが見込まれ、75歳以上の高齢者も2035年まで増加すると予測されているが、増加した高齢者を支える医療、福祉・介護の需要にこたえる働く世代(労働力)も不足する。
 この状況は、現在すでに起こりつつある。久慈市ハローワークを覗いてみれば現在でも「介護職員募集」がほかの業種の求人数に対して圧倒的に多くなっていることに気がつくはずだ。
 時計をもっと進ませてみれば、2035年までふえ続けた久慈市の高齢者人口は以降減少に転じる。高齢者がすくなくなれば医療・福祉・介護産業がその規模を小さくする。もともと希望する職種や条件にあった仕事が少ないため都会にでていく人が多い久慈なのだが、2035年以降は市内にある仕事・職種がさらに限定されたものになるかもしれない。
イメージ 5 三陸鉄道北リアス線、JR八戸線、バスなど地元の公共交通も運行がむずかしくなる。
 さらに、久慈市(行政)の財布も心もとなくなっていく。
 人口減少によって歳入(税収や地方交付税交付金など)が減る一方で、久慈市の公共施設、たとえば図書館や体育館、観光施設などだが、これらの老朽化が進んで修繕の費用がかさんでいく。入りが減り出が増加していけば財布の中身は限りなくゼロに近づいていくわけで、極端に言えば「破産」してしまいかねない状況に追い込まれる可能性もある。
 ここまで見てきてわかるように、以上の困難は「現在でもすでに起こりつつあること」で、今後はさらに重くのしかかってくることになる。
 もちろん、久慈市(行政)はあらゆる手立てをつくして人口減少を抑制していくことを決意している。しかし、それであってもいかんともしがたく、久慈市の人口は2040年に2万6,653人になると推計されている。
 くり返すが、さまざまな抑制策を講じることによりできる限り人口維持・確保を図るという決意のもとでの推計数字なのだが、それでも23年後の久慈市は、いまよりもさらに1万人以上が減少することになると計算されているのだ。
 急激な減少カーブをできるだけ緩やかにイメージ 6して、この間に未来への光を見出していくという思いを行政だけのものにせず、私たち久慈に暮らすもの一人ひとりが状況を認識し地域活性化への思いを共有しなければ幸せな未来を招くことはとうてい叶わない…。
 佐々木さんも「まずはこの現状を市民のみなさんにも理解していただきたい。そして、移住定住先として魅力ある久慈を一緒につくりだしていかなければいけない、そう思って活動を進めています」と話す。
 佐々木さんが注力しているのは「空き家バンク」の充実、「移住定住促進事業費補助金」を活用してもらうこと、移住相談会など「イベントへの出展」、久慈市のPRを担う「北三陸久慈市ふるさと大使」との連携による地域の魅力訴求だ。


周知徹底が大きな課題
~物件ふやし選択肢拡大へ~

 「空き家バンク」とは、市内の空き家を移住定住希望者に紹介する制度のこと。物件の販売価格や家賃、間取りなどの詳細情報はホームページサイト「Kターン 久慈市交流・定住ナビ」に掲載されている。
イメージ 7 佐々木さんは空き家所有者からの申請を受け、現場に出向いて物件状況の確認を行なっている。
「たとえば修繕は必要ないか、即入居可能か、また入居条件はどのようなものかなどです。これらを確認してほかに問題がないかどうか検討します。結果、適切と判断した物件の情報をホームページサイトのKターン久慈市交流・定住ナビにアップします」(佐々木さん)
 そして、ホームページのKターンなどを見て連絡してきた移住希望者の相談に応じ、下見に案内する。下見には佐々木さんのほか物件の大家、また岩手県宅地建物取引業協会久慈支部の会員になっている仲介業者が立ち会う。検討者がこの物件でOKとなれば仲介業者が契約手続きを行なって入居開始となる。イメージ 8
 久慈市が空き家バンク制度を本格スタートさせた2009年1月からの累計の空き家登録物件数は26件で、2016年12月末現在、紹介できる物件は9件となっている。
 この9件のうち売却物件は8件、売却また賃貸のどちらでもいいという物件は1件である(=左写真および右写真は空き家バンクに登録されている物件)。
「空き家バンクを利用して久慈市に移住してきた人は、2009年から現在までで5人です。2016年は20件ほどの相談があり、下見には4家族がきていますが、イメージ 9残念ながら、契約にはいたっていません」(佐々木さん)
 岩手県内で空き家バンク制度を導入しているのは19市町村で、制度を利用して移住してきた人は全県で200人となっている。
 岩手日報2016年12月4日の記事によると、空き家バンク制度で5人の移住者を獲得した久慈市は県内順位では4位にランキングされる。
 ちなみに、1位は2007年に空き家バンク制度をスタートさせた奥州市の135人、2位は2015年スタートの遠野市で27人、3位は2013年にスタートさせた一関市で19人。久慈市より下位にランキングされている市町村は2人あるいは1人という数字が多く、0人という自治体も少なくない。なお、1位の奥州市は空き家物件登録が258件と群を抜いている。職員が定期的に家屋調査を行なって所有者に登録を促しているほか、専任の移住相談員がきめ細かい対応を行なっていることが1位を獲得している理由だと岩手日報の記事は説明している。
イメージ 10 佐々木さんはもちろん、久慈市の5人という数字を良しとはしていない。
 久慈市の空き家バンクの大きな課題は登録物件数が少ないことにある。特に、移住者は賃貸物件を探している場合が多いが、現在は売却物件が多いためなかなか希望に沿う物件が紹介できないでいる。
「賃貸・売却に限らず、まず紹介できる登録物件数をふやすことが課題です。空き家の所有者は、遠慮せずにどんどん連絡してきていただきたいと思っています」(佐々木さん)
 しかし、一口に「登録件数をふやす」と言ってもなかなかそう簡単にことは運ばないのだそうだ。たとえば、親が住んでいた家が空き家となっていて、息子など現在の所有者は久慈に住んでいないケースがままある。若い世代の都会への流出は、こんなところにも困難をもたらしている。
 いずれにしても、空き家バンク制度そのものが市民に知られていないことが、物件数をふやせない根本的な原因である。イメージ 11
 そのため久慈市では、物件の充実を図ろうと2016年6月に岩手県宅地建物取引業協会と協定を結んだ。
「広く告知して物件数をふやすとともに、賃貸物件またリフォームなしの即入居可能な物件をふやすこと、加えて市の中心部の物件数をふやすことが目的です。宅建協会の会員になっているみなさんにも協働を求めたんです」(佐々木さん)

 
補助金を活用し3家族が移住

 空き家バンク制度のほかにも、久慈市は一昨年(2015年)から「移住定住促進事業費補助金」をスタートさせた。市内の新築あるいは中古物件を購入する場合に、物件購入費あるいはリフォーム代を上限50万円(補助率1/2)までの範囲で補助するといったものだ。
 空き家バンク制度を利用して移住する場合にも、家賃が月2万円以上の賃貸物件の場合には家賃を12か月間にわたり月1万円ずつ補助するし、賃貸物件のリフォーム代も10万円を上限(補助率1/2)として補助する。
 この制度を利用して、現在(2016年12月末)3家族9人が久慈に移り住んできている。これら3家族は、いずれも市内に住居を新築する際に補助金を活用した。したイメージ 12がって、前述した空き家バンク利用者の5人とは別の移住者である。
 3家族すべてが、なんらかの形で久慈とつながりのある人たちで、2つの家族は30代のミドル世代、もう1家族はシニア世代。
「親や知人が久慈に住んでいるし、本人や奥さんが久慈出身者だからというUターンの人たちですね。全家族が市街地に近い場所に居を構えています。補助金が移住の決め手になったと答えてくれた家族もありました」(佐々木さん)と言うように、この補助金制度も空き家バンク制度と同様、移住希望者や都会に出た知人や子息をもつ市民などに広く知ってもうことが課題になっている。


東京でも久慈の魅力PR
~お試し移住など新たな試みも~

 さて、2016年11月6日、佐々木さんは有楽町の東京交通会館で行なわれた移住定住促進イベント「岩手県ふるさと暮らし相談会&セミナー」(=下写真2枚)に、地域おこし協力隊の深澤奈津実さんとともにイメージ 13久慈市のPRのために出展してきた。
 岩手県主催のこのイベントには久慈市のほか雫石町二戸市八幡平市、県南振興局がセミナー形式で地域の魅力をPR、また机をだして希望者と個別相談を行なった。
 埼玉県出身の深澤さんは「久慈は朝ドラあまちゃんの舞台になったところなんです。海・山・川が近く、夏は涼しく心があたたかい。ただし、なまりがわからない」などのユニークなイメージ 14PRトークで会場を笑わせたとのこと。
 個別相談にきた40代の夫婦は東京在住で、「久慈が移住の第一候補。農業か漁業がしたい」と言い、雪はどれくらい降るの?と生活面や買い物の利便性を詳しく聞いたという。
 また、別の若い男性は「岩手県内に移住したいと思っているが、岩手の中でも久慈のいいところはどのようなことか?特に、地元の特産品マネジメントで起業できる環境にあるのか」と相談してきたそうだ。
「かなり具体的な相談で手ごたえがありました」と言う佐々木さんは、2017年1月15日に開催される「JOIN移住・交流&地域おこしフェア」(東京ビッグサイト。全国約400の団体が出展)にも移住・交流相談ブースを出展し、移住希望者の生の声を集めてくる。
 そのほか、佐々木さんは「北三陸久慈市ふるさと大使との連携による久慈市の魅力PR」を掲げているが、彼らは各自フェイスブックなどSNSを使って久慈の情報を発信している。
イメージ 15 ふるさと大使には久慈市出身者のほか久慈を訪れたことのある人など130人ほどがついていて、その約半数が関東圏在住だ。
「今後は大使を集めたイベントなどを積極的に開催していくことで、久慈の情報発信頻度を高めたい」と話す佐々木さん。
 彼女の移住定住促進に向けた活動計画はまだある。
 その1つが2017年5月から運用開始を予定している「移住お試し住宅」。
 このお試し住宅は希望者の相談に応じて随時、貸し出していくもので、「1、2週間にわたり実際に暮らしていただき、久慈での生活を実際に体験してもらいたいたいと思っています」(佐々木さん)
 2つめは、久慈の見どころを2、3日かけて巡る「移住体験ツアー」で、秋ごろに実施したいと現在、ツアー造成に向けての検討を進めている。


ポイントはUターンイメージ 16
~愛着はぐくむまちに~

「人口を減らさないために何ができるのか?…ポイントはやはりUターンの促進なのだと思っています。若い世代また中高年にも戻ってきてもらいたい。いま久慈市は若者、高齢者にわけての移住促進策はとっていませんが、今後は世代別にきめ細かくフォローできるように勉強したい」
 佐々木さんは、小さいころからの久慈への「愛着」が移り住んでくる大きな動機になっているとも言う。
 実際、地域おこし協力隊の深澤さんは埼玉県春日部市の出身だが、曾祖父が久慈市山根町に住んでいたので子どものころから久慈を何回となく訪れていた。訪問を重ねるうちに久慈が好きになり久慈市の協力隊員に応募した経緯をもつ。
「さまざまなイメージ 17取組みは進めていますが、都会からいつも振り返ることができるまちになることが大切なのではないかと思うのです。子どもたちの心に楽しかった思い出が刻まれること、地域への愛着と言えばいいのかな……、そうした思いがはぐくまれることで一度は出て行っても、久慈に帰ろうという人たちがふえてくるだろうと思うのです。一方、もし私が移住者の立場だったら、人がやさしく明るいまちに住みたいと考えるはずです。ですから私自身、いつも笑顔を心がけて活動しています」と話す佐々木さんだ。
 
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 今回の「シリーズ移住定住その1」では岩手県久慈市のケースを例にとり、人口減少と高齢化がもたらす弊害とそれに立ち向かう担当者の努力に焦点を合わせてレポートした。
 多くの自治体がそうであるように久慈市の場合も、即効性のあるこれといった特効薬は見いだせてはいない。「移住を希望する人の想い」が「移住場所」あるいは「移住先の人たち」とマッチングして成立する移住定住のむずかしさが、話を聞き進めるほどにどんどん浮き彫りになっていったように思う。佐々木さんは「久慈とゆかりのある人を呼び込む」ことではずみをつけ今後を切り拓きたいとしているが、久慈市の地域おこし協力隊である筆者も、彼女の進めるアプローチが功を奏すことを心より願っている。

                        *取材2017年1月5日 文・宇部芳彦(久慈市地域おこし協力隊)