独自の文化を地域おこしに 平庭闘牛物語[4]

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独自の文化を地域おこしに
                                                                                              2016.10.28
平庭闘牛物語【4】 ――――――――――――――
 やさしいまなざしとともに
   ―  価値あるオンリーワンの文化を未来へ ―

 
 前回【3】では、岩手県久慈市山形町の短角牛は闘牛用イメージ 1としても食肉としても全国から高い評価を受けていることを紹介しました。最終回となる今回は、そんな牛たちを大切に思う地元の闘牛ルールについてふれてみたいと思います。
 「平庭闘牛大会」に馳せ参じて解説を務めたこともある山古志闘牛会(新潟県長岡市)の松田淳さんの言葉を書きだしてみます。牛に対するやさしいまなざしが言葉の間からあふれてくるようです。
「若い牛たちは本当は仲よく遊びたいんですね。でも闘いの場だとわかっているのイメージ 3で角を突き合わせます」
「2頭とも睨み合っています。闘志あふれる闘いをしたら拍手を送ってあげてください。牛は自分がほめられていることを理解しますから、次の場所でもがんばってくれます」
 山形の闘牛は原則、勝敗をつけません。すべての取組みで、両頭が力を出し切ったところで勢子(せこ)が割って入って引き分けにするのです。
 山形では牛を2才からデビューさせますが、若い牛が中心の取組みであるため牛の将来性を考慮し負傷しないようにするため、そして負け癖がつかないようにするためだということです。
 山形の牛が各地へわたり活躍できているのも、若い段階で勝負づけをしないこのルールがあるからなのかもしれません。
 なお、原則勝敗をつけないのはイメージ 4山形町と新潟2地域だけで、ほかの地域では相手に背を向けて敗走し勝負が決まるまで時間無制限で戦わせるとのことです。
「どちらのルールがいい悪いではなく、それが各地の闘牛文化なのです。ちなみに闘牛場のハードにも違いがあります。屋根をもっていないのは山形の平庭闘牛場と新潟の山古志闘牛場(写真左小千谷闘牛場だけで、ほかの闘牛場はすべてドーム型になっています。新潟県は豪雪地域だし山形町も雪がたくさん降る地域ですから維持管理がむずかしいのですね」(松田さん)
 いずれ各地で長年培ってきた闘牛文化のあり方は、とても貴重なものなのだと思います。イメージ 5
 東京都北区から訪れたという会社員は平庭闘牛場(写真右)で、「あまちゃんファンなので久慈市は何回か訪れています。闘牛は初めて見たのですが、まさに久慈オンリーワンのもの。何事もたいしたことはないよと遠慮して謙遜するのは久慈の人たちのやさしさだと思いますが、もっと自信をもって積極的に何回も情報発信してほしい。それだけの価値があるイベントだと思います」とエールを送ってくれました。
 さて、いわて平庭高原闘牛会(事務局・久慈市山形総合支所)では〝べごの角突き応援団「闘牛サポーター」”会員を募集しています。年会費は1万円で、会費は闘牛大会の運営費また闘牛の飼育管理費に活用しています。また会員には年3回開催の闘牛大会の無料招待券を配布イメージ 6、1年に1度山形短角牛肉を届けています。
 そのほか闘牛会では、平庭闘牛大会のオリジナルTシャツも販売しています。闘牛の絵、文字、同地の勢子のキャラクターであるセイコちゃんの絵柄などをプリントした各種デザインのTシャツ、ポロシャツがあります。闘牛大会の会場で販売しているほか、常時注文も受けていて全国発送もしています。
 山形の闘牛大会はこのように全国からの支援を募りながら、独自の闘牛文化を発展させ未来へとつなぐため、ファン拡大への努力を続けています。
 いわて平庭高原闘牛会の松坂義雄会長は「古くは塩の運搬や当地で生産された鉄の運搬、農耕などに牛が用いられました。現在も短角牛の肉が全国から注目を集めていますし、闘牛大会イメージ 7もまさに地域活性化資源として大きな役割を果たしています。すなわち山形の産業・文化の中心にはいつも必ず牛がいます。山形の発展は牛とともに歩む足跡そのものにあり、それゆえ牛の文化振興はまちづくりの基礎と言えるのです。これらの努力と財産を次の世代にきっちりと継承することが私の使命。そしてこれからも」と明日への思いを言葉にしてくれました。
                       いわて平庭高原闘牛会の松坂義雄会長



*記事作成 宇部芳彦(久慈市地域おこし協力隊)
 本ブログ記事「平庭闘牛物語」[1]~[4]は、2015年8月Facebook久慈市山形町広報室」に掲載した原稿(作成・宇 
 部芳彦)を、今回のブログ掲載あたりに加筆・修正しました。